手出しツモ切りってぶっちゃけ見る必要あるか? その1}

「あなたは手出し、ツモ切りをどの程度見ていますか?」
この質問は麻雀を長く打っている人なら受けた経験がある人が大半ではないだろうか。

そして競技プロの場合、
「プロってやっぱり全部の手出しツモ切りを覚えている物なんでしょうか?」
という質問を受けた事が何回かあるし、興味のある愛好家の方はやはりいると思われる。

今日はちょっとこの点についてのぶっちゃけ話をしたいかと。

結論をまず述べる
① 他家全員の捨て牌を完璧に記憶している選手はおそらく0人
僕自身について言えば、他家3人の手出し・ツモ切りをすべて「目視=チェック」はしている。
そして、「直近の手出し1枚が何だったか?」だけは意識的に覚える様にしている。
しかし全捨て牌の手出し・ツモ切りを覚えるというのは瞬間記憶能力でも持ってなきゃ無理だと思う。

② 競技プロの中でも手出しツモ切りをしっかりとは見てない、そしてほとんど記憶してない人は結構いると思う
厳密なアンケ等はとってない。よって真相は闇である。
が、僕の意見は「下手をすると半数以上の選手がほとんど無視してる」である。
ぶっちゃけて言えば僕自身、プロ4年目位まではほとんど見ていなかった。
これはまあ「科学する麻雀」の全盛期、つまり「手出しツモ切り確認不要論」の全盛期だった故もある。
そしてそれをすべてチェックするようになったのは「このままじゃダメだ」と意識改革して無理やり習慣づけた結果だ。



さてこれらについて多少深堀りをしよう。
まず①「他家全員の捨て牌を完璧に記憶している選手はおそらく0人」

捨て牌というのはいわば断片的な情報となるケースが多く、手牌とは訳が違う。
そして人間の記憶力と言うのは正直にそこまで精密な物ではない。

例えばこれは昨日の研究会であったとある手牌
一一二二三①②⑦122667 ドラ⑥

・123の三色になりそうでならない
・ドラの⑥のくっつきがあるから⑦も切りたくない
・チートイの目もある
・切るならピンズ①②もしくはソーズ1あたり

とこんな具合に、
手牌というやつは13、14枚が持つ連携性や全体のビジョンを基に結構簡単に記憶が出来る。
が、捨て牌といのはどうしても断片的になる。

八九西白⑥發①七11白67東

上記と同様の14枚の捨て牌、
でもこれを記憶できる人と言うのはかなり凄い能力を持っている特別な人とかだろう。
これに切り出しの順番、手出し・ツモ切りという情報がプラスされたとして、
そんなものを3人分、毎局記憶できる人なんているとしても漫画の世界だけではなかろうか。
一流のトップ選手でもおそらく無理だろうし、そもそも記憶する意味もないのだ。

ただまあ完全な記憶はせずとも、
とりあえず目視をして断片的な情報は覚える、
こういった事は当然している。

例えば先ほどの捨て牌、これを全てを手出しとする。(そもそもそれをしっかり見るのが労力かかるのだが)
そうなると色々と情報が見えてくる。
主な部分をハイライトしよう。

八九西白⑥發①1167東
・マンズのペンチャン外し
・普通なら有効度が高い⑥より①が後処理。
・1のトイツ落とし
・索子の両面落としのあと字牌

とこんな具合に断片的ながら意味合いのある情報が拾える、
こういった点はチェックしてある程度記憶はするし、
その精度はトップ選手になるほどもちろん高い人が多い。



が、既述の通り「全て完璧に記憶」というのは不可能だろうし、そもそもする意味も非常に薄い。
改めて冒頭の「プロってやっぱり全部の手出しツモ切りを覚えている物なんでしょうか?」に回答するなら。
トップ選手にもなれば出来る限りチェックしている人が大半だし、意味合いがありそうな情報は拾うし、記憶もしている。でも全て記憶出来る人はおそらくいない
である。

さて、一方で②についての話。
改めて「手出しツモ切りをほとんど見てすらいない競技プロ」、
というのは世間の想像以上に多い割合で存在する、というのが僕の予想である。(自白する人はあまりいないだろうが^^;)
これは僕自身も無視していた過去があるからこそ、そう思っている。

これには理由があって、以前にも書いたように「読みという技術自体が労力の割には勝敗に寄与しない」から、つまり手出しツモ切り確認自体が徒労になるケースが多い、という側面を持っているからである。
https://susumutakenaka.blogspot.com/2018/03/blog-post_28.html



実際に片山先生のおバカミーコの中でも「手出し・ツモ切りは見るな」という回がある位だし、
僕が初心者・中級者に戦術を教えるとしても「見なくていい」と言うだろう。
読み、そしてその根幹であるこの技術要素はやはり労力に見合わない点が多く、「フリー麻雀で勝ちたい」位のレベルで考えるのであれば”不要”と結論づけても過言ではない。
でもそれでも、僕はやはり「チェックした方がいい」と10年ほど前に結論付けたからこそ、現在もやってるし、「あの時意識改革しといてよかった」と思っている。
実際10年前は本当に「不要論」の全盛期だったし、バカにされた事もあった。いやマジで。

そんな経験も踏まえて②「競技プロの中でも手出しツモ切りをしっかりとは見てない、そしてほとんど記憶してない人は結構いると思う」の話をもうちょっと深堀りした記事に続く。

違う記事挟むかもだけど。

つづく

こちらの記事はhttp://susumutakenaka.blogspot.com/2018/07/blog-post_6.htmlより引用させて頂いております。情報の真偽につきましてはリンク先よりご確認ください。