他人の麻雀の実力ってどうやって判断しているの? その2}

『それでは前回の続きを改めまして行きましょう。
https://susumutakenaka.blogspot.com/2018/11/blog-post_14.html




他人の雀力を”ある程度”判断するうえでどのような方法があるか?
という点になります。』
「はい。お願いします。」

『まずその前に、”そもそも実力の評価ってどうやってやるか?”という点についてです。
これは代表的な物として以下3つですね。
① 会話
② 後ろ見
③ 同卓

これらをベースに判断をします。それはイメージわきますか?』
「もちろんです。僕もやっぱまず同卓して強いかどうか判断しますし。」
『いえ。違います。』
「?」
『同卓して判断できるかは”弱い”か”弱くはないかも”位です。』

「・・・・えっ?」
『というかですね、さっき上げた評価方法、実は①②③の順番で”正確に評価しやすい方法のランキング”になってます。③同卓は最下位だと言っときますよ。』



「・・・ちょっと待ってください。」
『なんでしょう?』
同卓してもその人の実力なんてわからない、って言うんですか?」
『はい。手牌という一番重要な要素が全て隠れている状態で相手の強さなんて解るわけが無いです。ちょっと考えれば当然の事じゃないでしょうか?
例えばどんなにひどく見える放銃でも実はその人にとってはやむを得ない物かもしれないですよ?
四暗刻張ってる可能性だってある。
同卓時のイメージだけでその人の実力を判断するのは、前の日記でも述べたイケメンかで判断するのと、実はそこまで大差ないです。』
「・・・で、でも明らかに酷い放銃とかしてる人とかいますよね?」
『はい。先ほど言いました通り”弱い”という点だけは同卓してて解ってしまう時はあります。』
「、、、、あの仰る意味がいまいちわからないんですが。」

『つまり同卓してて相手の手牌が開けらる、もしくは点数などの確定している情報から、あきらかに割に合わない行為を多くしている人=弱いか否かの判断だけはついてしまう場合があります。(特に競技麻雀ではこれが明確に解るシーンが多い)
ただ一方で”強いか否か”を判断するのは同卓だけじゃまず無理です。
先ほど言った通り大半の情報は隠蔽されていますし、仮にその時の判断が理にかなっていたとしても”まぐれ”ってケースも多々ありますし。』

「な、なるほど。つまりそれが隠蔽されていない状態=後ろ見の方がその人の実力はよくわかる、と。」
『はい。そしてできればその後ろ見の後(もしくは同時に)相手の意図を会話で聞ければベストですね。麻雀は一打一打の選択よりそこに至る思考の方が複雑です。浅い思考でも深い思考でも結局目の前にある14個以下の選択肢のいずれかに集約させなければいけないわけですから。
「そういわれると納得です。」
『まあ同卓してふるいにかけ、後ろ見や会話でふるいにかけ、これで大半の人間が”ある程度の水準以上か?”は解ります。大多数の人はここで脱落します。あとは細かい査定、これは時間をかけなければ無理、という事です。』




「ちなみに、判定のポイントってなんでしょうか?」
『うーん、、、、色々とありますけどね。
まず第一に。理論に客観性があるか否か。
たとえばこの手の発言の具体例だと、
・他人に嫌われる打牌だから切らない
・信念を持って打った先でないと高打点はあがれない
こういう主観(自分のポリシー)を前面に押し出す人はその時点で”ダメだ”になりますね。
心の中で思ってる信念ってのはだれしも多少あるとしても、”議論の場で有効か否かの判断”、これが出来てない、つまり麻雀を議論・分析した経験に乏しい、って時点で^^;』
「まあ、なんとなくは解ります。そういう人っていますし。」

『そしてもう一つは自分の選択や他人の選択をメリット・デメリット双方からきっちり考えて比較してる人、こういう人は強い人が多いです。
逆に自分の打牌のメリットだけを前面的に押し出す人ってのはやっぱり稚拙さを感じます。』

「、、、そうなんですか?別にメリットの主張だって大事だと思うんですけど?」
『なんというかですね、これは考え方の違いなんですよ。
とある音楽家が”一流と二流の練習の違い”いうのを言及した有名な文章の中にある一節なんですが
・一流は苦手な部分を克服するために練習をする
・二流は出来る事を繰り返して練習する
稚拙な人というのは麻雀の議論をする際にそれを自己満足やストレス解消のためにやってるケースが多いんです。
自分の一打の正当性だけをひたすら強調するし、こっちがちょっと本気のツッコミを入れられると上述のように自分だけの理論を唱える、もしくは「実は僕もあなたと同じ選択です」とかいきなり鞍替えをしてくる。

一方で麻雀鍛錬を積んできた人って、そういう議論の場を自分の力量を高める事に力点をおいて話をしてきます。
自分の選択を含めた全選択のメリットもデメリットも開示して、”僕はこう思ってるんですけどどうなんでしょうか?”と聞いて、自分の参考になる情報を仕入れる為、間違いがあれば正してもらう機会を得る為に発言するんですね。
これは話してれば結構解ります。』

「・・・・・」
『どうしました?』
「・・・・いえ・・・・なんでもないです。ハイ」




『まあただ、やっぱりそこまで考えて議論してる人ってなかなかいないですよ。
上達するためには、自分の非と向き合い克服することが求められます。
”絶対に強くなりたい”って信念、”うまくなれる”という自信、これらがないと苦しいと思える鍛練を続ける事は難しい、
そして趣味の分野であればそこそこできれば楽しめる、
努力そのものが怖い人もいる、
大半の人は上述の”自己顕示をしたい趣味のレベル”で止まります。
そしてそれは娯楽としては健全な姿であり思考なんですよ。
僕から見るとキバヤシさんも自己顕示欲が強い方ではありますがある意味で健全な麻雀愛好家に見えてますよ^^』

「・・・やっぱり、自己顕示欲が強く見えてます?」
『はい。いつも雀荘のメンバーの女の子に自慢話とか説教してる姿はもう自己顕示その物かとw
ただ僕はそういう人嫌いじゃないです。
むしろ”麻雀やるからには上手くならなきゃ”って堅く考えすぎる人の方がダメかと。
麻雀は楽しむことが一番ですから^^』

というわけで、
こんな内容が誰かの参考になるか否か不明ですが長々二回にわたったお話でした。

おしまい

こちらの記事はhttp://susumutakenaka.blogspot.com/2018/11/blog-post_16.htmlより引用させて頂いております。情報の真偽につきましてはリンク先よりご確認ください。