「読み」という技術に対する考え方のトレンド推移}

読みという技術はどうしても曖昧さをはらむスキルであるのは否めない。
まず「相手が自分とある程度は近い思考での手牌進行をしている」という前提がある以上、
そこが崩れてしまうと役に立たないケースが出てくる。

実際のフリー雀荘とかで、
捨て牌読みをした結果、逆にトンデモ手筋につかまる、というケースは僕も何度も経験したことはあるわけで・・・^^;
放銃した瞬間に「何だそりゃ(ーー;)」となるわけである。

そしてそれよりも前段階の前提として(以前にも書いたが)、
麻雀には現在の点数状況や自分の手牌といった絶対的な情報がある以上、
こっちに基づいた正確な進行ができるスキルをまずは磨いた方が、目先の勝率アップがされるケースは多い。(フリーやネットは不特定多数の人たちが相手という点も大きい)

ぶっちゃけた話、
フリー雀荘でゲーム代を抜きにしてのプラス実現、というレベルであれば、
読みなんてせいぜいリーチの有無や仕掛けの数の確認程度、つまり手出しツツモ切りはオール無視でも実現可能だと僕は思ってたりする。
それ位に「読み」という技術は根幹があいまいで効果も時と場合による、難しいスキルなのだ。
逆に言えばトータル勝ち負けにおいて目に見える明確な情報はすごい効果的なのである。



だからこそ10数年前「科学する麻雀」の初版が出た時、
「手出し・ツモ切りは見る必要がない」という内容がそこには挙げられていたし、
当時のプロの間でもそれを無視するトレンドが実際にあった。

が、現在はその考えはほぼ否定されている。
当時木原さんが本に対するコメントにて、科学する麻雀のこの読み否定部分について、
「この本は科学する麻雀というより科学する東風荘、というスタンス」という意見、
「しっかりと相手の手順を追えば見えてくる情報はあるし、多少裏目を引く可能性はあれどトータルでは得する。だから読む」、という考えを述べていた。
2018年現在はこの考え方が主流ではなかろうか。

そして個人的にはそんな時代を生きてきたからこそ、
渋川難波の出現は当初かなりの意外性が僕の中にあった。
「全力で読みを否定していた時代のあるネット麻雀からここまで読み・それを基にした守備の重要性を解いて、ここまで説得力のある技術として理論だてる人が出てきたのかと」
小倉・仲林に並ぶ天才としての印象を僕が彼に受けた最たる理由はそこである。

とはいっても渋川はあくまで特別で、
以前に以下記事でも書いたように「制限時間」「曖昧事象の削除」というネット麻雀の特性も考えると、「結局あまり読みに深入りしないのがネットにおける打ち手や若手」というイメージは今でもある。

https://susumutakenaka.blogspot.jp/2017/11/2.html



が昨日に協会のネット麻雀番組の解説を久々にやってちょっとその印象が変わった。
まあ松本はもともとネットよりもリアルを主戦場としているプレイヤーゆえに、結構「相手の速度感」とかの読みに合わせたプレーをしている局があった。

これは想定内だったのだが、
天鳳プレイヤーとして有名な「秋田のにんにく」さん、
そして若手の小早川君、リアルも天鳳も多数やってる近藤千雄、
このいずれもが「読みを排除したばっさりした進行」というのをほとんどしてなかった事が結構意外だったわけである。

アナログな読みを前提としたプッシュとかが多々あって、
近年のネット麻雀プレイヤーとか若手に対するイメージがちょっと変わった一日だった。
これだから今まで見たことない人の麻雀って見ると面白い。

ニコ生 http://live.nicovideo.jp/watch/lv311887714
Fresh! https://freshlive.tv/npm2001/198372



まあ最後に改めて、
昨日の対局見てもう一つ思ったのだが「読みって難しい」という点。
「読む」って行為は、
「言い訳を考える」って行為に近い部分もあったりする。

今から切る牌、多少の危険度はある
→ でも切りたい
→ 切れそうな理由 = 自分に都合の良い情報を考える
という行為にもなりかねない。

そんな中でできる限り情報を正確に拾って、
色々な可能性を考え、
自分の一打に落とし込む。
でもそれがどれ位勝ち負けに影響を及ぼすのか、かえって悪影響を起こしてしまわないか、という怖さもあり。
「読めないならば読まないほうがマシ」という中級者向け理論もこういう根幹に基づいている。

数年前にとある有名プロがこんな事言ってた。
「競技選手は麻雀についてお互いの知識と信念にもとづいた手順をできる限り正確に踏むべき。
そして相手は全力でそれを読む。
そういった正確な手順と正確な読みの応酬がどんどん当たり前になれば、麻雀は多少なりとも今よりも”実力のゲーム”に近づくんじゃないだろうか?
少なくとも僕はそう思ってるし、その考えが広まってほしいと願ってる」

これは賛同する部分があって、
僕を含めた多くの選手が「読み」を続ける理由の一つなのかもしれない、と思ってたりもする訳です。
・・・まあ改めて考えると僕って多分読みをそんなに多用するタイプの打ち手じゃないですけどね^^;

こちらの記事はhttp://susumutakenaka.blogspot.com/2018/03/blog-post_28.htmlより引用させて頂いております。情報の真偽につきましてはリンク先よりご確認ください。